泣きやみなさい

「泣きやみなさい」これは、以前私が勤めていた幼稚園の園長先生の言葉です。 かなり遠方から通勤していたのに加え足が悪かったので、ほとんど毎日遅刻をしてきました。いわゆる社長出勤です。当然、朝の打ち合わせには間に合わないので、今日のカリキュラムについて理解しておらず、子ども達が遊び始めた頃にやってきて「こんなやり方はダメ」と私達を叱り飛ばす台風のような人でした。・・・なので、職員の間では内緒で「風さん」と呼ばれていました。しかしながら、その遊びの展開や子どもへの注意の払い方は尊敬に値するものでした。そして、私が今でも不思議な力と思っていることの1つが「泣きやみなさい」の言葉です。

自由保育の園では、年少から年長までが縦割りで一緒に遊んでいます。子どもだけの小さな社会では、春にはトラブルが多く、あちらこちらで泣いている子を見かけます。一斉保育の幼稚園から転職してきた私は、泣いている子には優しく声をかけ抱っこするなどして慰めることが当り前と思っていました。でも風さんは違いました。泣いている子の前に立ち、一言「泣きやみなさい」と言います。普通だったら、「それで泣きやむわけないじゃない」と思うでしょう。ところがほとんどの子どもがその一言で泣きやむのです。それは「気」か「魔力」としか思えません。

早く泣きやませることには、2つの理由がありました。1つ目は、泣いてたら状況がわからないので、泣きやませて自分で説明をさせる為です。2つ目は、泣いていても何の解決にもならないことを子どもにもわからせる為です。

この言葉を幼稚園に通う生徒の中で一番たくさん頂いたのは、Y君です。彼は年少さんから3年間通っていました。ご両親いわく「引っ込み思案で大人しい子・・・」でしたが、幼稚園では全くの正反対でした。なぜか訳もなくお友達をポカポカたたく、物の取り合いは日常茶飯事、女の子にも意地悪をして泣かす、いけないと言われたことは1度はやってみる・・・とにかく幼稚園では有名な暴れん坊でした。自分では人に危害を加えながらも、いざ自分が被害を受けた時は幼稚園じゅうに響き渡るような声で泣きました。そこで風さんの出番です。Y君はいつも「泣きやみなさい」の言葉1つで静かになりました。ちなみに他の先生が同じ言葉を言っても、効き目は薄かったことを覚えています。

Y君の家は自営業でご両親ともに自宅でお仕事をしていました。忙しい時は、すぐ側にいながらも構ってはもらえない寂しい状況にあったようです。その中で、注意を引くために大きな声で泣くことを覚えたのでしょう。また、幼稚園でもトラブルを起こせば、先生が飛んでくることを心得ていました。風さんに「泣きやみなさい」と言われ続け、年長になった時には泣くことも少なくなりましたが、たとえ泣いたとしても、その理由を事細かに話すことができるようになっていました。そして、風さんは泣きやんだ後はいつも公平にジャッジしました。Y君にとって一番苦手な相手であり、また一番信頼できる相手でもあったのです。

普通では考えられないこの言葉に、どうしてみんな動かされるかと言えば、園長先生が自分のやり方に自信を持っていることに他なりません。それが子ども達に強い「気」として伝わるのだと思いました。まだまだ私にはこれほどまでの自信はなく、指導のあり方に悩む毎日です。いつか風さんのように一言で、信念を伝えられるかっこいい先生になりたい!と願っています。

(エスポワール理事長:ウォーカー和子)


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