|
おはようございます。
今日は何を書こうかな。
昨年にエスポワールを卒業して、立教小学校に入学した男の子がいました。
お母様は躾にとても厳しく、子供が嘘をついた時には、交番まで連れて行き、お巡りさんに懺悔をさせていました。
子供って、しょうもない嘘をつきますよね。
絶対に嘘をついてはならないと、厳しく言いつけている親もいますが、私は全ての嘘に対して、自分の子供を叱ったりはしません。
嘘にも幾つかの種類があるので、それに応じて態度を変えています。
●自分のプライドを守るための嘘
園での粗相を嘘で誤魔化した場合は、正直に言うようにたしなめますが、嘘をついたことに対しては叱りません。
●相手を思いやるための嘘
この嘘は、積極的に奨励しています。
お呼ばれして、ご馳走になったときには、美味しくなくても …
「とても美味しかったです。ご馳走様でした」と言わせています。
おいとまするときは、さほど楽しくなくても …
「今日はとても楽しかったです。ありがとうございました」と言わせています。
全ての嘘をいけないことにしてしまうと、人間関係を円滑にすることができません。大人でも同じですよね。
私の口から出る社交辞令の半分は嘘ですから。
だから、自分のことを棚に上げて、子供に偉そうなことは言えないのです。
但し、次の2つの嘘に対しては叱ります。
一つ目は、悪事を隠すための嘘。
二つ目は、保身のための嘘。
私の叱り方は、子供をウォークイン・クローゼットの中へ連れて行きます。
そこの1面は大きな鏡張りになっているので、その前に立たせます。
「太郎(仮名)が嘘をついているかどうかは、鏡に映っている自分自身が一番よく分かっているんだ。鏡の中の自分に向かって、もう一度、同じことを言ってみなさい」
人間は不思議なもので、自分以外の第三者には、平気で嘘が言えても(鏡の中の)自分には嘘が言えないのです。
だから、私は「閻魔様に舌を抜かれる」とか「イエス様が見ている」とか「仏様が見ている」など、第三者から制裁を受けたり、見られているから、嘘は止めなさいなんて言いません。
「神仏が見ている」を使うのは、バスや電車の中で「あのお兄さんが、怖い顔で睨んでいるから、騒ぐのを止めなさい」と言って、子供を叱るのと同じです。(注)
だから私は、鏡の前に立たせて「常に、自分の中の自分が自分を見ている」という躾をしています。
「自分がやったことは、自分が見ている」ってね。
「自分の中の自分に恥ずかしくない生き方をしろ!」って言ってます。
宝塚歌劇団で有名な …
「清く正しく美しく」
っていう言葉がありますよね。
これは、上田家の私の代からの家訓でもあります。私が勝手に決めました。
「清く正しく美しく」生きていくことができれば、たくさんの素敵なことが伴ってくるよね。
この言葉の意味は、息子や娘には難しいので、もう少し大きくなったら説明するつもりです。
それでは、今日も素晴らしい一日をお過ごしください。
(注)イエス様や仏様が天などの外からではなく、自身の心の中にも神霊や分霊として宿していて、その心が見ているという解釈でしたら、怖いお兄さんと同列ではありません。
(メルマガ担当:上田トモヤ)
|