小学校受験はエスポワール

 

人生を左右する家宝

年長さんの保護者の方は、願書の下書きをしたり、証明写真を撮ったりと、家の中は受験一色ですよね。

何度も何度も繰り返し書き続けていることですが、小学校受験は本当にもどかしい受験だと思っています。たった5〜6歳の幼児を一堂に集めて試験をします。それぞれの子供の脳がバラバラに発達して、それぞれが未完成であるのに、年齢を超えるようなレベルの問題を出すのです。ハイハイや歩き始める時期が、人それぞれに違うように、脳の発達具合は誰もが違います。同じペーパーの勉強をしていても、1回でスラスラと頭に入ってしまうお子さんもいます。しかし、彼らは決して天才ではありません。歩き始めるのが早いのと同じく、たまたま脳が他のお子さんよりも、少しだけ早く発達しているだけなのです。その反対に、1回どころか、何度も繰り返さないと理解をすることが出来ないお子さんもいます。受験を志す親の立場からすれば、イライラしますよね。我が子の脳には、歩き始める時期と同じく数ヶ月の発達のズレがあるだけなのに、「頭が悪いんじゃないか」と思ってしまうのです。この幼児期の発達の差は縮むことはないので、親が同級生と我が子を比較している限り、いつまで経っても、「頭が悪いんじゃないか」とか「あれも出来ない、これも出来ない」と思ってしまうものです。

他人と比べなくたっていいんだよね。

怠けずに、精一杯の努力をしたのならそれでよいのです。人生のうちの5歳〜6歳という、たった一部分を切り取り、その1年間だけの我が子を見て、「出来ない」なんて思う必要はないのです。「おませ」が得をする小学校受験に落ちたって構わないのです。たまたま、人生の歯車と小学校受験の歯車が噛み合わなかっただけです。

幸いなことに、世間は最終学歴しか見ません。

なので、小学校受験がダメでも良いのです。中学受験という次もあります。それでも、希望が叶わなければ、その次も、そのまた次もあります。歯車がガッチリと合ったときに夢は叶うものです。

おませさんでも、競争率が高いところは安泰ではありません。成績順ではなくて、好き勝手に選べるのが小学校受験なので、夢が叶わないこともあります。ペーパーは優秀、行動観察も優秀、人格も優秀、親も優秀・・・。それでも合格できない人は多いです。そして、敗因を探します。面接のあの受け答えが原因なのかとか、ペーパーでミスをしたあの1問が敗因なのかと、自分を納得させるために、必死に敗因を探るのです。

子供に敗因なんかありません。

例え話ですが、ミスユニバースの最終選考会ではグランプリは1名しか選ばれません。そこまで残った誰もが素晴らしいので、最終選考会でグランプリに選ばれなかった人の敗因を探しても無理な話です。小学校受験でも、優秀なお子さんは最終まで残ることでしょう。そこからは、学校側の選り好みだけなので、学校の伝統に合致している順に定員になるまで絞り込まれるだけです。学力順ではなく、ミスユニバース等のコンテストと同じく、選ぶ側の好みの順になるだけです。選ばれなくても、人を見る目のない哀れな学校だと思えばよいのです。子供に敗因なんかないのですから。

学校側から朗報が届こうと、残念な結果が届こうと、皆さんの家には何物にも代え難い「宝物」があります。それは、エスポッポ倶楽部で私と一緒に学んだ28冊の問題集と、それをコピーして解いたプリントの束です。

これは、我が家の家宝です。

私は、息子が小学生になっても、子供部屋の本棚に、その28冊の問題集とプリントの束を飾っておきます。そして言い続けます。

「これは、全て自分で勉強をしたものだ」ってね。

1年間で28冊を何度も繰り返して、全てを頭に入れたことを忘れないでいて欲しい。毎日少しずつ努力を重ねれば、これだけ大量の問題集でさえ、頭に入れることが出来るのだと。どんなにチンプンカンプンでも、コツコツと3巡すると、問題集を開いただけで、答えが解るようになると教え続けます。他人と比べて自己嫌悪に陥ったり、悔しがる必要はない。怠けた自分自身が、努力をした自分に負けてしまうのを悔しがれ。目標を決めて、少しずつ努力をすればよい。他人は関係ない。このように教えます。

小学校入試は長い目で見れば、人生を大きく左右するものではありません。しかし、この1年間に親子で残してきたものは遥かに大きく、人生を左右するものです。

(エスポッポ倶楽部:上田トモヤ)


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